近年、自然災害による社会福祉施設への被害が増大している。 これらの状況を踏まえ、災害時に強い社会福祉施設を増やそうと、避難確保計画作成の義務化等、行政も法改正等種々の方策を用いて対応にあたっている。しかし、ただ義務的に行う防災対策では、いざという時の実効性に欠けてしまう。法改正により避難計画は作成し提出されていても、この計画を絵に描いた餅ではなく「生きた計画」とすることが喫緊の課題といえよう。
法令改正はあれど実態は追いつかず
近年ゲリラ豪雨の頻発に象徴されるように、過去5年間を振り返ってみても2018年7月の 西日本豪雨から毎年連続して、台風や豪雨等の災害により死者が発生している。これらの災害をみると、社会福祉施設の中でも特に高齢者等を収容する「特別養護老人ホーム」や「認知症グループホーム」等の入居者が避難できずに死亡する例が多い。
2019年8月、台風10号襲来時、岩手県岩泉町の認知症高齢者グループホーム「楽ん楽ん」では、台風10号の襲来が懸念されながら行政からの避難勧告が出されず、職員も手薄な中で入居者9名(全員)が死亡した。また、令和2年7月、「令和2年7月豪雨」では、熊本県人吉市の特別養護老人ホーム「千寿園」において過去に例を見ない雨量により建物が浸水し、訓練は実施していたにもかかわらず避難途中に水位が2階まで達してしまったことから、入居者全員を避難させることが出来ず14名が死亡した。
このような被害が頻発する一方、2017年9月「水防法」、「土砂災害防止法」が改正され、浸水想定区域や土砂災害(特別)警戒区域に立地し、かつ、区市町村地域防災計画に定められている「要配慮者施設」の所有者または管理者は、避難確保計画と避難訓練の実施が義務付けられた。しかしながら、今年3月末現在では各事業所が100パーセントの履行には達していない。 作成マニュアルは発出されてはいるものの、福祉施設職員の厳しい労働環境等が影響しているのかもしれないが、専門家の派遣・援助等を予算化するなど、行政と事業所の連携も考慮していく必要があるのではないかと思われる状況である。
安全目標は施設ごとに異なる
なぜならば、各施設の実態はハード面(施設の立地条件、ハザードマップ等に基づく具体的な浸水深、避難手段、周辺道路の状況等)とソフト面(入居者の人数と介護職員の時間帯ごとの体制、近隣との協力関係の有無等、情報の伝達・連携方法等)においてすべて異なる。言わば医療に例えるならば施設ごとの「カルテ」が重要であり、これに対する処方箋はそう簡単の出せるものではないと思われる。
実際に動いてみる・測ってみる訓練とPDCA
土砂災害警戒区域及び土砂災害(特別)警戒区域、または浸水想定区域に指定された社会福祉施設では、避難するにあたり計画はあれど何をどうすればよいのか。行動の手順、命を守るために最低限必要な事項、優先順序等について、安全を確保するための目標とそのための行動はどうするべきか等、具体的に分かりやすく職員全員で情報を共有することは危機管理の基本として重要であり、安全とされる目標値は施設ごとに異なる。そこで重要なのが各事業所の危機管理面を総合評価する体制であろう。
マニュアルに基づき作成した「避難確保計画」を真の意味で生きた計画とするためには、職員全員で実際に行動することが重要で、「計画に不都合な部分は無いか。」「矛盾点は無いか。」を全員で検討する。また、入居者を避難させる場合、最悪な環境下(深夜帯、停電時等)を想定し、避難に必要な所要時間を計測し、それを職員全員及び協力員等に周知し、ケースごとのリスクと問題点は何かについて明確にした上で、P(プラン)D(ドウ)C(チェック)A(アクション)を何度も繰り返すことが、自力避難困難者を多く抱える社会福祉施設に求められている。
もし、自身が管理する施設における避難確保計画等の策定に不安がある場合や、施設職員への具体的な災害時の対策について悩まれているならば、当方でも相談を受けつけているので、ご連絡いただければ幸いである。