建物管理 最終更新日: 2023年09月30日

マンション防火管理者の重責とその将来

マンションにおいて、面倒な業務が多いと見なされる防火管理者は、なかなかなり手が見つかりにくいものである。実際に防火管理者の業務は面倒であり、それどころか罰則規定まで存在する責任重大な役職でもある。そんなマンション防火管理者の一体何が面倒であり、どういった問題が発生するのかを述べていく。そして、合わせて災害大国日本における今後のマンション防火管理者の動向について解説するとともに、安全な建物を維持し続けるために、建物所有者等が考えなければならないことについても紹介する。

防火管理者が必要となるマンション

マンションの防火管理者と言うと、何も知らない人は住民が持ち回りで行う係の一つかのように思うかもしれない。しかし、実態は違っており、法的責任を負った重要な役職なのである。そもそも、防火管理者とは何か、ということについては「防火管理者に選ばれたら何をすべきか」を参照していただきたい。ここではマンション経営に携わる方や持ち回りでマンションの防火管理者の役回りを担う可能性の方々にとって、知っておいた方が良いと考えられる事項について述べる。

さて、防火管理者が必要となるマンションについては消防法施行令第一条の二で定められている。一言で言うならば、「A. 50人以上が居住しているマンション、B. 店舗等のテナントが入っており、収容人員が30人以上のマンション」このどちらかに該当すれば、そのマンションは防火管理者を選任し、必要な業務を行わせる必要がある。Aの場合、居室が1Kであれば50戸が防火管理者設定ラインとなるため、必然的に建物の規模は大きくなる。これだけ大きなマンションであれば防火管理者が必要にもなるだろうと理解はできるサイズ感である。しかし、問題はBの方で、建物にテナントが入ってしまうと一気に防火管理者を不要とするためのハードルがあがる。これに該当して防火管理者を選任しなければならないマンションは実に多く、実態として防火管理者の未選任が多いのもこのタイプである。「収容人員が30人以上で該当だから、テナントが一つ入っていても小さなマンションならばその人数は超えないだろう」そのように考える方も多いかもしれない。ところが、この収容人員というのが実に厄介な存在であり、テナントの種類によっては簡単に大きな数字を叩き出す。たとえば、細長い空間に調理場とカウンターしかないラーメン屋があったとしよう。飲食店の収容人員算定方法はおおまかに言うと「① 従業員の数、②客席の数、③その他の空間を3㎡で除した数」の合算で行われる。そのラーメン屋にカウンター席が9つあり、店主1人で切り盛りしているというごく小規模なタイプの経営だったとしても、それだけで収容人員は10人となり、1Kの住戸が20戸あれば収容人員は30人を超えて防火管理者を選任しなければならない物件となってしまう。一番小さな規模の飲食店でさえこの数なので、テーブル席を設けているような飲食店であれば、収容人員がそこだけで20-30は簡単に超えてしまう。テナントが入居している場合、防火管理者が必要となるマンションの数が多いというのはおわかりいただけたであろう。

ただ、ここで言うテナントとは「不特定多数の者が出入りする店舗等」を指している。これは、不特定多数の者が出入りする飲食店やクリニック、物品販売店舗の場合、消防法上では特定防火対象物と言ってワンランク上の危険建物と見なされることにその原因がある。だから、入居しているテナントが会社の事務所や倉庫として扱われているものであれば、この特定防火対象物には該当せず、上述した「Aの50人」が防火管理者設定ラインとなることから、「Bの30人」と比べて20人の余裕が生まれる。事務所のような不特定多数が出入りするわけではないタイプのテナントであれば、防火管理者の選任は一目に大きなマンションでなければ、それほど該当しにくいと言えるだろう。

収容人員に関する詳細は「消防法における建物の類別と収容人員の算定方法」を参照していただくとして、防火管理者が必要となるマンションは意外に多いということは建物所有者や建物の管理に携わる方は覚えておいて損はないであろう。

マンションの防火管理業務で厄介なこと

前置きが長くなってしまったが、防火管理者が必要と判断されてしまったマンションでは、防火管理者を選任し、所定の業務を行わせる義務が建物所有者等には生まれる。業務の種類は多岐に渡るが、ここではマンションの防火管理者がその業務を行う上で特に厄介であると思われることと、それに対するささやかな対策について当方の経験に即して述べる。

① 共用部の整理整頓

マンションの共用部に物を置く住人は実に多い。よく通路部分に自転車や傘が置かれているのを見かけるが、これは消防法や地方自治体の火災予防条例に則って見れば禁止行為にあたる。禁止行為にあたる主な理由として有事の際の避難障害になるからというものがある。こう言うと、人が通れるスペースはあるから避難障害にならないと言う住民の方が少なからずいる。しかし、地震や火事の際に立てかけてあるものが倒れたり、パニックになった住民が存置された物品に躓く可能性は充分にあり、消防署としてはそれを見過ごさず、共有部には何もない状態が正解として扱ってくる。消防署はその状態を維持管理するのは防火管理者の仕事だとして、共用部の物品存置について注意されるのは防火管理者になってしまう。そんなことから、マンションの防火管理者は消防署の指導どおりに共有部分を整理したいものの、住民の機嫌を損ねず共有部から物品を撤去してもらわなければならないという二重の苦労がある。

いくら消防署の指導とは言え、なかなか住民に対して強く言える人も多くはないであろうし、実際に注意しても何度も共用部に物を置く住民は後を絶たない。このようなときは、最低限の自己防衛として住民に注意した記録を残しておくことをおすすめする。住民に直接注意したことの記録や、建物内の共用部に張り紙をして注意喚起をし、その状況の写真を撮る等である。万が一、建物で災害があり、消防署がやってきた際にはそれらを提示することで、防火管理者としての責任リスクを減らすことができる。

② 消防訓練の実施

建物の用途や規模に応じて、マンションは1年に1回もしくは2回以上の消防訓練をしなければならない。大まかな訓練の計画については、防火管理者が設置されている建物には必ずある(はずの)消防計画に定められているが、具体的な訓練内容やその日時、そして訓練の参加をマンション住民に周知して参加を促す仕事は防火管理者の役割である。そして、防火管理者はこの消防訓練の予定と結果を消防署に届け出ないとならないため、もし訓練を行わなければ消防署の記録に訓練未実施の建物としてデータが残る。そうなれば、消防署からの指導が入ることになるため、訓練自体を行わないのは得策ではない。とは言え、災害時に効果のある訓練を企画するには、火災、地震、水害等の専門知識が必要になるため、まったくの素人には難しく、しっかりやろうとすると大きな時間と労力が必要となってしまう。

実際のところ、消防署側も防火管理者にとってこのハードルが高いということは承知している。また、消防署としては少しでも多くの建物で防災訓練を行ってもらい、その件数を増やしたいと考えている。そのため、管轄の消防署に相談に行けば、訓練内容の相談に乗ってくれたり、訓練当日に職員を派遣して訓練指導に参加してくれたりと、積極的に協力をしてくれる消防署が多い。もし、自分が防火管理者になってしまったら、消防署に協力をお願いしておいて損はない。

しかし、消防署は訓練当日の支援はしてくれても、マンション住人への事前周知や訓練案内のポスター等の制作等はしてくれないため、やはりそこは防火管理者自らが行わなければならないことになる。

③ 統括防火管理者としての役割

上述したBのテナント入居から防火感管理者の設置が必要とされた場合、実はマンション部分に防火管理者を設置するだけでは足りず、テナントからも防火管理者を選任し、それらをまとめ上げる役割の統括防火管理者が必要となるケースが多い。テナント部分の防火管理者はその店舗責任者等が防火管理者になるしかないが、統括防火管理者はテナントからは出ないのが通常で、マンション部分から選任されることになる。実態として、多くの場合それはマンションの防火管理者が兼任することになるため、マンションの防火管理業務に加え、統括防火管理者の業務もしなければならない。統括防火管理者については「統括防火管理者とは」についてまとめられているが、マンション部分の防火管理者が統括防火管理者となった場合、テナントへの防火管理を指導する役割を負わされるという点が実に煩わしいのである。すなわち、テナントの火の元や消防設備等の維持管理状況についても把握し、適切な防火管理体制をとらせる必要があるのである。

この対策としては、防火管理の業務について知識を持ち、テナント入居者に説明することである。基本的にテナント入居者は防火管理については全くの素人であるため、そもそも自分が何をすればよいのかがわかっていない。そのため、必要な業務、防火管理者の講習等の情報を伝えるとよい。ひどい入居者でなければ、こちらの話を無視するようなことはしないであろう。

なお、マンション防火感管理者の業務はこれ以外にも、マンション部分にある消防設備の点検や消防署への報告業務などが存在するが、多くの建物では消防設備の保守点検業務は専門業者にやらせるであろうから、これに関して特別なスキルは必要ない。ただ、維持管理状況は把握しておく必要はあるだろう。もし、小規模なマンションで消防設備が消火器くらいしか設置されていないという場合には、消防設備業者に依頼せず、自身で点検報告を行うことも不可能ではないが、年2回の点検と記録、そして定期的な消防署への報告業務を行うには、やはりそれなりの時間がかかり大きな負担となるため、ある程度の対価をもらわなければやりたくはないと思うだろう。

横浜市で防災マンション認定制度が開始

参考

タウンニュース『横浜市「防災マンション」を認定 設備・活動の両面で評価』
https://www.townnews.co.jp/0104/2021/03/25/567030.html

参考までに、マンション防災に対する行政の動きで新しいものを紹介する。2021年度より、神奈川県横浜市ではマンションの防災能力を算定し、能力に応じて高い評価を与える制度が開始される見込みとなっている。ここで高い評価受けると物件名が市のHPに掲載され、物件の安全性をアピールできる仕組みである。

このニュースはあくまで横浜市のものであるが、この動きはゆくゆくは全国に広がると当方は考えている。すなわち、建物の安全性、施設や設備の維持管理状況を数値化して誰もが確認できるようになり、ある程度素人でも容易に物件の安全性が判断できるようになるのである。

近年増加する集中豪雨や台風により、想定外と叫ばれるマンション水害が発生しており、マンション住民やマンションの購入や賃貸を検討するユーザーから建物の安全性をはっきりさせたがるニーズが高まっている。防火防災に対する備えと適切な設備の管理が行われている物件は今後人気が高まってくると考えられる。すなわち、マンションの防火管理者はマンションの防火防災を司る責任者であることから、その重要性もユーザーの声に比例して高まってくると考えられよう。

まとめ

マンションの防火管理者は決して簡単な業務ではなく、むしろ災害大国の日本においては重要な役割をになっていると言える。そのため、防火管理者を簡単に引き受ける人がいないというのも納得のできる話なのである。すなわち、防火管理者を設置するにはそれ相応のコストが発生することになるため、もし今後マンションの建設や所有を考えている方は、防火管理者が必要なマンションか否かを含めて検討する必要があるだろう。小さなマンションだからと軽い気持ちで購入し、1階部分のテナントに飲食店を見込んでいたりすると、上述したように簡単に防火管理者必須の物件に化ける。見過ごしがちだが、法にも触れることなので、忘れずにご認識いただきたい。既にマンションを所有している方は、住民が安心して暮らせる建物として、施設設備の維持管理はもちろんのこと、防災面にも力を入れている点をアピールするのも有効であろう。それは行政にも評価され、建物の空室率の改善にも繋がってくるはずである。いずれにせよ、本当に重要なことは法律に則った適切な建物の維持管理を行うことである。法律や実務の面で不安がある建物所有者等は、各種専門知識を有する委託業者、消防署もしくは自治体の防災課等に相談してみることをおすすめする。